
新約聖書はギリシャ語で書かれています。
それはギリシャ語が当時のローマ帝国の公用語であったためです。
それではイエス様や弟子たちも普段からギリシャ語を話していたのかというとそうではありません。
パレスチナに住むユダヤ人たちが母国語として話していたのはアラム語と呼ばれる言葉でした。
ギリシャ語は弟子たちにとっても外国語でしたので、苦手な人もいたようです。
ヨハネが書いた福音書は「そして」「しかし」などの接続詞が多く使われていて、まるで小学生が書いた作文のようで、ヨハネがギリシャ語が苦手であったことがうかがえます。
アラム語というのは、もともとバビロン、ペルシャ語の国語でした。
バビロンに捕囚になったイスラエル人たちはヘブル語を次第に使わなくなり、代わりにアラム語を使うようになりました。
そして捕囚から帰ってもそのままアラム語を彼らの日常語として使い続けたのです。
ちなみにヘブル語が日常語として復活するのは、第二次世界大戦後にイスラエルの国が再建されたときです。
マルコによる福音書にはイエス様がそのまま引用されている箇所がいくつかあります。
15章22節にある十字架が立てられた場所の「ゴルゴダ」もアラム語です。
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