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2021年7月11日(日)

「キリストは罪を犯したことがなく、その口に何の偽りも見いだされませんでした。ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、おどすことをせず、正しくさばかれる方にお任せになりました。そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。」   

  (ペテロの手紙第一 2章22節~24節)

私にとって聖書の登場人物で親しみを感じる1人がペテロです。

聖書の記述も多く残されています。

しかし、その内容は必ずしも恰好の良いものではなく、ある部分は間抜けな面を明らかにされたものでした。

嵐の海を歩き始めたのは良かったのですが、イエス様を見失っておぼれてしまったり、洗足の場面で手や足を洗ってほしいと突拍子もないことを言ったり、ゲッセマネの園で居眠りをしていたり、最も有名なこととして、イエス様を命がけで守るつもりでいたのに「知らない」と言ってしまったことなど。

私たちも自分を見ていると、落ち込んだり絶望したりすることがあるかもしれません。

しかしペテロは間抜けでしたが、立派な人でした。

彼はイエス様を見上げることをやめませんでした。

今日のみ言葉はそのペテロによる手紙です。

イエス様のご生涯、お働きが見事に描写されています。

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