「その日には、罪と汚れとを清める一つの泉が、ダビデの家とエルサレムの住民とのために開かれる」(ゼカリヤ13:1)
パレスチナには大河がありません。エルサレムでの降雨量は年間平均500mm程度、富山の半分以下ですので、町を建てるときにまず必要なことは、飲料水の確保でした。四つのむ方法がありました。①自然の泉の利用 ②井戸 ③雨季に降る雨水を溜めるために町の地下に穴を掘る ④地下道によって泉の水を町の中に引く方法です。③と④は敵に攻撃された場合ね町の外にある泉や井戸から水を汲むことが危険だったために備えられました。聖書を読むと、ダビデはエルサレムの町の外にあるギホンの泉から水わ引くために、岩盤に掘られた地下坑道を利用して難攻不落のエルサレムを攻略しています。聖書の記述は、泉の水によって潤されているエデンの園から始まっています。罪がなく、雨の必要もなかったとき、「地から泉がわきあがって土の全面を潤して…」(創世記2:6)いました。神様はこの泉の水分を人間の体にお使いになりました。今は、私たちの罪を清める泉が開かれています。このイエス様の泉の水を取り入れることのできる場を大いに利用して、絶えず心も体も豊かに潤っていたいと思います。そして聖書はその記述の最後に、新しきエルサレムでイエス様自らが「命の水」の流れる泉に導いてくださると約束しています。
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